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等身大のクッションづくり
子どもの中のやる気遠くて不思議な国エジプトの子どもたち

=等身大のクッションづくり =

一人っ子の多いこのごろ、もう一人自分とそっくりの人形がいたら楽しいだろうな。
そんなところから等身大のクッションをつくることになった。

 まず天竺の木綿を二枚重ねにし、床の上に敷く。
 「さあ、魔法のジュータンに乗って、空を飛びましょう。」
  「ジュータンからちょっとでも出たら、 落っこちてしまう よ。」
 布が身長より少し小さめに切ってあるので、適当に身体を曲げないと、はみ出てしまう。
子どもたちは、いっしょうけんめいになって、布の上でいろいろなポーズをとる。

 「よーし、そこでストップ!」
 「じゃあ、ユキコちゃん。ともみちゃんのアウトラインをかいてあげて。」
ユキコちゃんが、ともみちゃんの形を油性マジックでゆっくりと布の上に描いていく。
 「ワーツ、くすぐつたい」「洋服につけないでね」「動い ちゃだめ!」

 そんな会話をしながら、足をまげ、空を飛んでいるような、ともみちゃんの形ができあがった。
二人で交代して、それぞれのアウトラインが二枚ずつ布の上に描けた。
 「さあ、これはもう一人のともみちゃん。ともみちゃんの心の中を描いてごらん。
  そっくりなともみちゃんを描くんじゃなくて、こんなふうになりたいなとか、こんなところに行って
   みたいとか 、ここは海の中とか……考えていることをみんな描いてごらん。」
 「こんな大きい絵を描くのははじめて。」
 「布に描くのもはじめて。」
子どもたちは、油性マジックをとり出すと、夢中になって描きだした。

 一週、二週とかけて、前面と後面をマジックで描き、その次はろうけつ染めだ。
 「先生、これなあに〜」
ろうがとけるのをはじめて見る寸どもたちは興味津々。
 「これはすごく熱いから気をつけてね。この熱いろうを、今描いた絵のなかで、そのままの
  色に残しておきたいところに、筆でかいていってごらん。ろうは水をはじくでしょ。だから色
  のついた染料につけても、もとの色が残っているのよ。」
そんな説呪をしながら、描いた絵の上にろうをおき、染料を入れてあげると、 「あ〜、おもしろい。
形がでてきた。二つの色になった!」と、楽しみながらろうけつ染めの原理を理解する。

 三週と四週で前面と後面を染めあげる。
 次は、ろうをとるためのアイロンがけだ。新開と新聞の間に布をはさんで、アイロンをかけると、
ろうが新聞紙にすいとられていく。何度も何度も新聞紙をとりかえ、ろうがつかなくなるまでくりかえす。

 さあ、こんどはいよいよミシンがけだ。

 「ミシンを自分でかけたいと思う人は、自分でやってみょう」
  「そうじやない人は、お母さんにかけてもらおう」
と二つのコースをつくつてやる。小学一年生以上は全員 「自分でやりた〜い」という答え。
 さあ大変。ミシンは三台しかない。五〇名近い子どもか交代でかける。そこでミシンがけになれるために、等身大のクッションのほかに、小さなポシェットづくりをすることにした。それと、ミシンの順番を待つ間に、針と糸を使って透明ビニールのマスクづくりを平行させることにした。ポシェットはおさいふ型の簡単なものなのに、子どもたちは夢中になってつくり、ミシンがけにもなれてきた。

 さて、ぬい終わったクッションに、いよいよ綿をつめる。子どもたちは、綿が大好きなので、ほっておくと部屋中綿だらけにして遊んでしまう。そこで今回は、大きなビニール袋に綿を入れ、少しずつ綿を出しながらつめるしかない。長いおさいばしを持たせ、手や足の部分の先っぽから、少しずつ綿をつめていく。
 「ホラ、陽子ちゃんのブタブタした手と同じくらいやわらかくね」といって、クッションと陽子ちゃんの腕のところを押さえてやると、綿を入れる量が理解できる。
一時間かかって綿をつめ、入口を縫って完成。お人形といっしょに記念写真をとる。できあがった作品を並べてみると、それぞれの子どもの表情がでていて、本当にかわいらしい。

 「みんな私の手元においておきたい。返したくない。」
そんな思いにかられながら、子どもたちの腕の中に渡した。

その後、お母さん方から連絡があった。
 「もう、うれしくてうれしくて、毎日いっしょに寝てるんですよ。」

(著書: 「魔法のアトリエ 子どものデザイン教室」より )

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=子どもの中のやる気 =

 今の子どもは、オモチャでも何でもすぐ与えられてしまう。
与えられることに慣れてしまっているから、自分で考えて何かをするということができない。 だから反対に私の教室では、しいて放っておいて黙って見ていることが多い。素材も決めないでワーツと散らかしておいて、子どもたちが自分で選択できる方法をとっている。

 毎月のだいたいのテーマは決まっているけれど、子どもたちの意見によっては、
 「よし、今日は久しぶりにネンドにしようか」というふうに子どもたちの自由にもなる。
 「 どうするの、せんせい〜」 「このあとどうするの〜」
最初のうち、子どもたちは一つひとつ聞かないと前に進めない。
 「自分で考えてやってごらんなさい」
 「どうするかはボクの頭の中に答えがあるのよ」
といって頭を両手でおさえてやる。

 そんなふうに進めていくうちに、自分で考えて作っていくことが少しずつ身についてくる。
けっこう大変なことでも、少しずつやっていくとできてくるから自信が出てくる。そして子どもたちの表情が少しずつ変わってくる。はじめ自分では何もできなかった子が、私の存在すらじゃまになって、「ボクかやってるんたから、先生はよけいなこと言わないで」という具合に、独立心が出てくる。そしてとにかく明るくなってくる。コンニチワも言えなかった子が、知らないうちにニコニコ笑いながら熱中して作品をつくっている。そういうのを見ていると、何かをとおして自己表現するということは、子どもにとってすごく自然な姿であって、そういうことをとおしてだんだん変わっていくんだなあと、つくづく感ずる。


 子どもがどうしてもやりたいと思った時、びっくりするようなエネルギーが出る。 もうできあがっているなとこちらが思っていても、子どもにとってはまだ未完成、まだやりたいって時がある。

 としふみくんという男の子。たしか彼が中学二年生のころだったと思うけれど、ボール紙を一枚一枚つなぎあわせ、ヨロイとカブトをつくつた。三〜四日教室の授業が終わっても残って、夜の十一時までやっていた。最後の日はついに徹夜になり、翌朝のぞいたら、完成したヨロイの横にイスを並べて眠っていた。親たちも心配していたけれど、本人はやりたくって仕方がない。そういう時の力ってものすごい。

 彼のような子もいれば、最初から投げ出してしまう子もいて、子どもの性格は作品にはっきりと出る。けれど投げ出してしまうような子でも、何かをやり終えると、たしかに成長している。自分なりに成し遂げた、克服したという思いがあるのだろう。

 また、どうしてもやる気になれない時もある。そんな時には、ちょっとしたアイディアで、今まで触れたことのない素材、アルミみたいなものとか、キラキラしたものとか、道路の石ころとか、ヒモを使ってみるというように、違ったサイドからヒントを出してあげると、がぜん興味をもったりする。 どんなことでも子どもには押しつけてはだめだ。

 針と糸を使って布をぬうときにも、後ろに飛ぼうがもどろうが、ボタンなんかもどう止めようが、自由にやらせると、けっこう根気強くやる。
よくよく考えると、ものをつくるということに、こうしなくてはいけないなんてことは一つもない。
布をぬうときに、細かくていねいにまっすぐぬうこと は、大人の感覚でうまいということであって、飛ばしたり、縮めたり、糸と糸をひっかけたり、そういうところにも自由な美しさがある。発見がある。
  子どもたちがよく、「せんせい、これしたらダメ〜?」ということがある。
「いいのよ」「だめなんてことは一つも ないのよ。ボクがやりたいと思ったことを自由にやってごらん。」そういうと、子どもたちはニッコリとして安心した顔になる。
 無気力な子どもにたいして無理にやらせてもかえって よくないから、「やりたい」という気持ちが出てくるのを待つことが大切である。「やりたい」と思ったら、子どもの瞳はキラキラ輝いて、表情が生きてくる。

( 著書:「魔法のアトリエ 子どものデザイン教室」より)

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=遠くて不思議な国エジプトの子どもたち =

 最近よく、「なぜそんなにエジプトに魅かれるんです か」と聞かれる。

 日本から飛行機で二十一時間、国土の九七%までが砂漠に覆われ、ナイル川に沿って独得の生き方をしているエジプト。日本とはあまりにかけ離れた空間の中に、イスラム教の深い祈りとともに、安らかな平和なときが流れている。
 早朝のカイロ空港のヒンヤリとして乾いた空気に触れた瞬間、自分の故郷に帰ったようなホッとした安堵感を味わう。とくに三月、四月にかけてのエジプトは最高だ。燃えるような真紅のロイヤルポインセチアの街路樹、白やピンクのジャカランダの花々、赤紫のブーゲンビリアが雲一つない異音な空に輝いている。
エジプトには不思議な引力がある。私にとっての引力の原点は、ピラミッドと王家の谷にあるラムセス六世の天井壁画である。ギザにある三大ピラミッドのひとつ、クフ王の玄室の中の五千年来の重苦しい空気は、私の胸の内を熱く掻き乱し.不思議な力を与えてくれる。

 かつて都として栄えていたルクソールの西岸、王家の谷にあるラムセス六世の天井壁画もその一つだ。褐色の岩山の中の洞窟のような通路をぬけ、玄室に入っていくと、昼と夜の世界を支配する天体の女神・ヌト神の巨大な裸体が天井いっぱいに描かれている。その長い胴体の中に真赤な丸が数個……ヌト神は一日一個太陽を食べて、夜から朝をつくり全宇宙を支配しているという。五千年前の人々のなんとスケールの大きい発想! 私にとって太陽は拝むものであり、その太陽を飲み込んでしまうなんて……。この強烈なショック以来、エジプトは不思議な力で私を呼ぶ。

 エジプトでは、家族の中で、子どもだからという特別扱いは一切ない。ルクソールで知りあったマホメット家の長男のアイーメンと次男のマハメットは農場をまかされている。学校から帰るとバイクに乗って農場にでかける。馬、牛、羊、鳩にエサをやり、耕運機を使って畑を耕す。身体は小さくても、態度や表情は大人とまったく同じで、自身に満ちた目をしている。三男のヒーハブはカフェテリアを手伝い、客にシーシャ (水パイプ) の火の用意をしたり実によく働く。兄弟がとても仲よく、上の子が弟や妹のめんどうをよくみる。ヒーハブとエブラヒムも、二歳のフェバをよく子守している。このマホメット一家のランチタイムの豪華さ、にぎやかさは見事だ。

 どこの家庭を見ても、イスラム教が真から生活に浸透していることを強く感じる。信仰は幼いうちから自然のうちに習慣づけられていく。小学校に入ると宗教の時間が毎週四時間近くあり、アラビア語の時間も、多くはコーランをテキストとして使っている。

 初めは驚いたけれど、今ではなんの疑問ももたず、アラーへの感謝の気持ちに生きる人々の姿が清らかに見える。マダム・パンセイの別荘のあるカイロ郊外のミーソアーソンヴィレッジに行ったとき、川沿いに数人の子どもたちが遊んでいる中で、夕日に向かって祈る八歳くらいの少年の後ろ姿を見た。祈る姿は宗教を超えて心を打つものがある。

 子どもたちの日常生活もそれぞれ貧富の差によってまるで違う。カイロ市内のザマレック地区あたりの高級住宅街に住む金持ちの子どもたちは、キチンとした制服を着て、父親の出迎えの車に乗って家に帰ったり、友だち同士連れだって、駄菓子屋で買い食いしている姿もよく見かける。そうかと思えば、ロバに大きな木箱を乗せた荷車を引かせ、街中のゴミを集める子どもたち。ラッシュ時の車の渋滞の中を横切りながら、レモンなどを売り歩く子どもたち、街頭に座り靴をみがく子どもたち……
そんな子どもたちの多くは学校に行っていないのだろう。
エジプトの文盲率はだいたい六〇%と言われている。

 カイロのサッカラ街道沿いにハラネイヤアートスクール≠ニいうすばらしい工房がある。今から三十六年前、ラムセス・ウィサ・ワセフという一人の建築家が、豊かな人間性を育てるには、物を創造することしかない。貧しい子どもたちに創造の場を与え、その歓びを教えていこう≠ニいう発想町もとに私財を投じて建てた学校である。ここでは陶芸、織物、ろうけつ染めが創られ、初めは四歳からの一五人の子どもたちによってスタートした のが、今では六五人がここで制作している。彼らは学校には行かず、最低一日四時間は物づくりに励んでいる。
ここのすばらしいのは、創られた作品も見事だけれど、ガウディの建築を想わせる褐色の泥づくりのモスク風の造りの工房全体の建物がすごい。

 真赤な夕日を見ながら、エジプトの子どもたちの絵を集めてくれた文化庁のマダム・パンセイが言った。
 「アサバ、エジプトも日本のように近代国家になったほうがいいと思う? どう思う?」
 たしかにエジプトは日本に比べると貧しいけれど、彼らの心はけっして貧しくない。子どもたちの表情は明るく、陰うつないじめや自殺なんてもちろんない。社会的犯罪も日本より非常に少ない。ちなみに自殺は年間日本が二万五〇〇〇人にたいしてエジプトは四八人。それに公務員の月収が約八〇〇〇円であるから、物価が安いからといって、けっして生活は楽ではない。

 人間にとって本当の豊かさとはなんだろうか。もちろん価値観は人によって違う。けれど行きすぎた近代的な生活は、時に人の心までも機械化していく。とくにこわいのは、子どもたちは、それをあたり前のものとして、本当のものを見ることすら気づかないで育っていくことだ。豊かさとは、けっして物が満ちあふれ、生活が便利化されていくことではない。一番大切なのは、感動する心、あたたかさ、思いやり、やさしさ、ではないだろうか。

 エジプトには、人間が忘れてはいけない原点の心が、今もなお満ちあふれている。
来年の春には、子どもたちをエジプトに連れていこう。
そして、エジプトの子どもたちの生活に実際にふれてほ しい。私の感じた感動を味わってもらいたい。 …そんな夢を描いている。

 (初出:『セサミ』一九八七年第五八号/著書:「魔法のアトリエ 子どものデザイン教室」より)

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掲載の文章は著書より抜粋
「魔法のアトリエ 子どものデザイン教室」
浅葉和子 著( 創和出版1988年)

 
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